2008年06月15日

6月15日 いのちの泉

いのちの泉
ヨハネによる福音4章5-26節

真昼のシカルの井戸端で、女はイエスに声をかけられた。女はそれをそっけなくいなす。*「俺が誰だか知ってのことかい?」「私は毎日誰の助けもなくここから自分で汲んで飲んでるのさ」*だが、女は次第にイエスがこの井戸の水の話をしているのではなく別の「水」の話をしていることを理解する。理解し、そして信じた。*「生きた水」、それは飲んでもまた渇く井戸の水の、刹那の癒しではない。魂の、そして肉体の深い渇きを癒し、更に他人の渇きをも潤して尚涸れない喜びと充足、イエスとの出会いに生きる命の泉だ。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年度 4〜9月 | 更新情報をチェックする
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