2008年06月22日

6月22日 信じる 生きる

信じる 生きる
ヨハネによる福音書4章43-54節

カペルナウムからカナまで約80キロの道程。それはイエスと王の役人との間にある様々な「隔たり」をも象徴する。だが、息子の命のためなら何も惜しくはない。見栄、社会的地位、政治的安定。*その必死さは確かに「信じる力」の証しではある。だが王の役人が往路に抱いていた「信仰」と、復路に得たそれとは劇的に質が異なる。*王の役人はイエスに癒された証人を見て癒しの奇跡=事象を信じていたかもしれない。だが、「あなたの息子は生きる」との言葉を携えての帰路に息子の快復を知った王の役人は、信仰故に約束された救いを見る幸いを知る者となる。*「見ないと信じない」者から「信じる故に見る」者へと、イエスとの出会いは私たちを贖い取る。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年度 4〜9月 | 更新情報をチェックする
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