2008年07月27日

7月27日 み目に適う徴

み目に適う徴
士師記6章36-40節

ギデオンは自信がなかった。だがその不安はイスラエルの民全体の不安の投影だ。「この人物は本当に『神に選ばれた者』なのか」と。*ギデオンが求めた徴は実に馬鹿馬鹿しいもの。羊毛に夜露を置けだの、その下の地面は濡らすなだの、『万軍の主』の力を試すには余りにスケールが小さい。*だが、ギデオンにはそれで十分だった。いや、イスラエルの民にはその馬鹿馬鹿しい徴が必要だった。ギデオンの声を聴く神が自分たちの神である、と信じるために。*自らが神の目に適う者かどうか、それは実は誰にもわからない。それは私たちが信じて一歩踏み出し、自らの務めを果たそうとするときに証される。*「徴」は召しに応えたときに初めて意味あるものとなる。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年度 4〜9月 | 更新情報をチェックする
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