2008年09月14日

9月14日 知る

知る
ヨハネによる福音書10章31〜42節

「私と父とは一つである」とイエスは断言する。しかしそれはユダヤの宗教的な権威を握る人々には受け入れがたい。宗教的権威を身にまとう人々にとって、神が超越的であって始めて「仲保」を担う自分たちの権威は磐石となるからだ。*だが、イエスは神が人間のこの地上での営みに内在することを疑わない。人間の苦しみ、悲しみ、痛みの最も深いところでその脆さを分かち合う神であればこそ、その独り子を受肉の生涯へと送り出されるのだ。*私たちは自らの脆さの只中で共に呻く神と出会い、その姿に真の自分を知るのだ。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年度 4〜9月 | 更新情報をチェックする
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