2008年12月07日

12月7日 知ってるつもり

知ってるつもり
マタイによる福音書 13章53-58節

見ているのに分かっていない。知っていると思っていることだけが「世界」だ、と思っている。しかし「隠されている」こともある。* 私たちは自分たち自身の罪深い現実(イザヤ59:12-)も、目の前の目覚しい出来事の本質(マタイ)も、実は分かっていない・・・いや分かろうとしていない。だが、詩篇の歌い手は、私たちにその「つもり」の手垢にまみれた「めがね」をはずして、真新しい視界におどろきつつ、「新しい歌を歌え」と促す(詩篇96編)。*古いことの真っ只中で、「世々にわたって隠されていた、秘められた計画」(ローマ16:25-27)が、今将に実現している事実の前にひれ伏し、その喜びを証し、この目覚しい「刷新」の告知の衝撃に対して備えるようにと警告され、押し出される。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年度 10〜3月 | 更新情報をチェックする
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