2009年01月11日

1月11日 人の子イエス

人の子イエス
マタイによる福音書 3章13〜17節

詩篇の詩人は、神に選ばれた王がシオンの山に即位したことを告げ、神ご自身がその「王」=「私」(詩人!)を「今日、生んだ」と宣言されるのを聞く(2篇)。詩人はダビデ王その人なのか。*その歌に導かれ、私たちは、ヨルダン川で洗礼を受けるイエスの物語を聴く。天が啓き、イエスは自分に聖霊が降り注ぐのを「見る」。そして私たち傍観者は、天からの声を聞く。「これは私の愛する子、私の心に適うもの」。*ダビデが人の目ではなく神の目に適うものとして油注がれ「王」としての即位を約束される物語が旧約の日課として併せられている(サム上16)。ダビデへの塗油が、イエスの「神の子」としての顕現=水と霊の洗礼の予型として読まれ、それ故ヨルダン川から上がって荒れ野へ、そして町へと向かうイエスの宣教の業が、「油注がれた者=メシア」の職務=解放と癒しの預言の実現として描かれる。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年度 10〜3月 | 更新情報をチェックする
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