2009年03月01日

3月1日 荒野へ

荒野へ
マタイによる福音書4章1-11節

空腹、神の不在への不安、そして権力への阿(おもね)り。これらの3つが、イエスが荒れ野で体験する「試み」だ。肉体と精神の限界で、生きる姿勢の根本が問い直される。*「40日」とはノアの箱舟が嵐の中をさ迷い、ヨナが魚の腹の中で暗黒の死を体験する時間の追体験、またイスラエルの民が砂漠を旅する40年の歩みの仮体験でもある。私たち人間の存在を拒絶し否定する「荒れ野」で、その徹的な「否」の前で、私たちは初めて自らに向き合い、その存在の意味を問うことを得る。「荒れ野」は将に神の領域だ。*受難節の最初の主日に、私たちは再び、神の存在とそのみ心の前に膝を折り、行くべき道へと立ち返りを迫られる。驚くべき愛の奇跡を目撃し、体験するために。*
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年度 10〜3月 | 更新情報をチェックする
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