2009年03月08日

3月8日 解き放つ

解き放つ
マタイによる福音書12章22-32節

「ベルゼブル論争」といわれる箇所。宗教的権威によって病や身体・心の障がいが「神に対する罪の証拠」として社会的スティグマとなる文脈では、「障がい」を取り除くという行為も単に医療的な行為ではなく社会的・政治的な意味合い=権威の所在を問う問題となる。*「悪霊祓い」=「罪の赦し」が祭司階級によって独占されていることがユダヤ社会の宗教的権威構造を支えている。ところがイエスはこの「構造」に真っ向から挑戦する。*「油注がれた者」が神の霊によって「悪霊」を追い出すとき、その時こそ荒れ野が喜び踊って花を咲かせるとき、砂漠に水が湧き出で、川となる時だ。*干からび渇ききった既存の「権力構造」=「悪霊」から、イエスは私たちを解き放つ。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年度 10〜3月 | 更新情報をチェックする
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