2009年03月22日

3月22日 輝く

輝く
マタイによる福音書 17章1〜13節

「Laetare=喜べ!」とのイザヤの預言の歌に導かれ、受難節の半ばに私たちは暫(しば)し、克己と節制の緊張から解放される。*この日、私たちは神の子の栄光の輝きを再び仰ぐ。降誕の日に暗い空を照らした天の軍勢の輝きと、荒野での洗礼の日に響き渡った天からの声「これは私の愛する子」とが再び邂逅(かいこう=めぐりあうの意)する。神の臨在の雲に包まれ、伝説の預言者たちと中空で語りあうイエスは神の子の本質を隠すこともない。*この光に照らされて私たちは十字架の下へと旅を続ける。この光を目の当たりにしたからこそ、私たちは復活の朝の輝きを信じることができる。*私たちと全く同じ姿で、喜びも悲しみも、幸いも苦しみをも共に担われるかたが今、山の上で栄光に輝く。それは十字架の道を共に辿(たど)る私たちに約束された希望の光だ。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年度 10〜3月 | 更新情報をチェックする
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