2009年03月29日

3月29日 仕える

仕える
マタイによる福音書20章20-28節

「あなたの王座の左右に息子たちを座らせて」と、ゼベダイの妻はひれ伏し願う。ガリラヤの網元夫人は夫を置き去りにして息子たちに付き添っていたのか。*息子たちは積極的な母の後ろに従っている。安定した家業を継ぐことを打ち遣って弟子入りしたからにはその見返りを求めたいのだが、自分たちだけでは言い出せなかったか。*イエスの口調は穏やかだが、その言葉によって当時のユダヤの文化、その精神性=勝利主義(現世の栄達=祝福)が批判される。*イエスの仲間となることは、この世の栄達とは何の関わりもない。それどころか、世の「勝ち組」に搾取され抑圧される人たちの一人となることを喜んで、自由な意思で選び取る歩みなのだ。*私たちが、栄達のためでなく「負ける」ために自らの賜物を世に差し出す時、イエスの十字架の愛だけが私たちの尊厳だ。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年度 10〜3月 | 更新情報をチェックする
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