2010年08月08日

8月8日 愛の速度で

愛の速度で
マルコによる福音書 15章24〜34節

イエスが請われてヤイロという名の会堂長の娘の癒しに向かう途中にさしこまれたもう一つの癒しの物語、それが今日のテキスト。*この女性は最後の、そして一縷の望みを賭けてイエスの衣服の裾にそっと触れる。公衆の面前に出てくることも許されていない身でありながら、律法の縛りを振りほどいて、彼女は群衆の中に紛れ込んだのだ。*イエスの反応から、この癒しが意図せずに起こったことを私たちは理解する。この女性の燃えるような願いが、イエスから「癒し」をもぎ取った、と言えるのかもしれない。*しかし、癒しは、こっそりと「捥(も)ぎ取って」行けるものではなかった。*女性と対面することを求めたイエスは、彼女の「簒奪(さんだつ)」を追及しなかった。それどころか、彼女の苦痛の12年を受け止め、彼女が最早その苦痛の縛りから自由であることを告げる。*イエスは私たちが、掠め取るか捥ぎ取るようにしか手にすることのない神の恵みを、私たちの当然の取り分として公に宣言される。そのことによってのみ、私たちは神と向き合う存在として「全く」される。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2010年度 4〜9月 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。