2010年09月05日

9月5日 生涯のささげもの

生涯のささげもの
マルコによる福音書 12章35〜44節

一人の女性が捧げた銅貨たった2枚の献金が、「だれよりもたくさん入れた」のだと断言するイエスの念頭には、今朝の日課の前半で、彼が辛辣(しんらつ)に批判した「エライ人たち」の鼻持ちならない偽善がある。*社会のなかで見過ごされ、周縁へと追いやられ、存在の価値も、その声も存在の意味すら奪われている人たちの、「取るに足らない」ささげ物にスポットライトが当たる。*金持ち=社会的強者は、多額の賽銭を入れることで更なる、お金以上の「獲得」を目指している。名誉、賞賛、尊敬といったもので自らの「評価」を膨らませ称揚(しょうよう)するためだ。*一方、一人の貧しい女性の銅貨二枚の献金もまた、密やかではあっても「お金ではない」価値を渾身の祈りで体現する。それは、この女性の矜持(きょうじ)であり、社会からおしつけられた「無価値」というレッテルへの果敢な抵抗であったにちがいない。その、「反逆」の瞬間をイエスは見逃さなかった。*捧げものは、私たち自身の霊性を露(あらわ)に示すのだ。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2010年度 4〜9月 | 更新情報をチェックする
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