2010年11月21日

11月21日 王とは誰か?

王とは誰か?
サムエル記下 5章1〜5節

イスラエルの人々は、軍事的指導者としての才能を「神の選び」としてダビデを王に推挙した。先代の王もまた、その軍功と美貌が王としての「相応(ふさわ)しさ」であるとして王に推挙されている。人間の利害や好みが、都合よく「神の声」となる。*ダビデはしかし、このような民の推挙を受け入れ、神と民の前で王の塗油を受け、誓いを立てた。人の思惑や操作の向こう側の、隠された神の意思を確かめようとでもするように。*十字架と復活の主だけが、私たちを統べ治める方であると告白する群れである私たちは、自分の好みや利害を正当化するための「権威」を求めて「王」を作り出すものであってはならない。*畏(おそ)れるべき方はただお一人なのだから。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2010年度10〜3月 | 更新情報をチェックする
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