2010年11月28日

11月28日 人間・共に生きる

人間・共に生きる
エフェソの信徒への手紙 2章11節〜22節

私たちの礼拝の暦は待降節から始まります。この年も、世の中の慌しい時間を衝いて礼拝の新しい暦が始まります。*私たちは今朝、古い年の悲喜交々を振り返り、それらを感謝と共に記憶に留めつつ、真新しい礼拝生活の入り口で一旦立ち止まることを求められています。待降節は、主イエスの幼子としての到来を待ち望む季節であると共に、神さまの時の終わり、最後の審判の時に臨んで、その到来に備えるときでもあるからです。*神の前に、過ぎし年の歩みを吟味し、自らの過ちを認め、神の前に謙虚に立ち返って赦しを請う事なしに、救い主の誕生と共に、栄光の主の来臨に相応しく備えることは出来ません。新しい暦の入口で、心を鎮め、呼吸を整え、自らの内に視線を向け、自分自身と向き合うときを充分に持ちたいものです。*在りのままの自分の姿は時に私たちを不安にさせ、また苛立たせるでしょう。しかし、その所在ない私たちと共に、その在り難さを生きてくださる方が、私たちの待ち望む幼子であり栄光の主であることを忘れず「留まる」時を持ちましょう
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2010年度10〜3月 | 更新情報をチェックする
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