2011年01月09日

1月9日 み心に適う者

み心に適う者
ルカによる福音書 3章15〜22節

「神の子」が、悔い改めのバプテスマを受ける、とはどういうことだろうか。*巷(ちまた)の波にもまれ、様々な柵のなかに喘(あえ)ぐ「罪にまみれた」私たちと同じ、身体の運命を分かち合う存在としてみ子はこの地上にこられた。今、イエスは私たちのこの世の手かせ足かせを全て背負ったまま、生まれながらに与えられた「神の子」としての生涯を、自ら選び取る。イエスの洗礼を通して、私たちは、この、「神の子」でありながら「私たちと同じ」方が、十字架の贖(あがな)いの主であることを心に刻まねばならない。*イエスが自ら、与えられた「道」を選び取るとき、神もまた、聖霊の賜物と愛を注がれる。この神の「愛する子」であるイエスへの信頼と服従によって、私たちもまた「神の子」となることを喜びの内に味わいたい。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2010年度10〜3月 | 更新情報をチェックする
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