2011年02月13日

2月13日 聖なる寛ぎへの招き

聖なる寛ぎへの招き
ルカによる福音書 6章1〜11節

安息日規定を巡る論争二題。*神の創造の神秘と、奴隷のくびきからの解放を祝って守られる安息日に、私たちはどう振舞うべきなのか。この「休息」の一日を、祝祭のように過すのか、それとも我慢大会をして終わらせるのか、また痛みに共感し、ひとつの命の輝きに注目するのか、それとも・・・。*宗教は儀式で成り立っている。儀式の型が信仰の表現を教え、生き方の方向性を訓練する、その考えはまちがってはいない。しかしその「型」が誠にひとりの人の血となり肉となった時には、「型」は最早その人を縛らず、型にこめられたこころ=ethosが型そのものを破って動き出す。*最も聖なる掟の縛りさえ止揚し、あらゆるくびきを下ろして安息を得るために、私たちの信仰を練り上げることができるか。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2010年度10〜3月 | 更新情報をチェックする
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