2011年03月13日

3月13日 荒れ野で、独りでも

荒れ野で、独りでも
ルカによる福音書 4章1〜13節

受難節第一主日に「荒野の誘惑」の記事を読む。*空腹と疲労の極限で、イエスは人間の根源的な「欲」に立ち向かう。肉体の飢えと渇きを自ら癒すことへの欲求、全てを自分の支配下に置き欲しいままにする「力」への渇望、そして、自分が何者かであることを知らしめよう、という自己顕示欲。どれも私たち自身の中に大きな比重を占める「欲」だ。*これら3つの「欲」に共通するのは、自らの内にある「虚ろ」な場所を、自分の力で満たそうとする傾向ではないか。空腹を、何一つもたない空の手を、そしてなんら飾りも栄光の印もない自らの姿を、私たちは我慢できない。その無防備な「不在」を自ら埋めなくては満足できない私たちがある。*しかし、イエスはその「不在」をそのままに引き受け、その空虚は、ただ神の業とみ言葉によってのみ満たされる、と宣言する。*漠々たる荒野で、たった独りでも、その空虚を引き受けるとき、そこに神の恵みが満ちる時が始まる。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2010年度10〜3月 | 更新情報をチェックする
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