2011年06月19日

6月19日 教会が語ること

教会が語ること
使徒言行録 2章22-36節

2:22イスラエルの人たち、これから話すことを聞いてください。ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなたがたに証明なさいました。あなたがた自身が既に知っているとおりです。 2:23このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。 2:24しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。 2:25ダビデは、イエスについてこう言っています。『わたしは、いつも目の前に主を見ていた。主がわたしの右におられるので、わたしは決して動揺しない。 2:26だから、わたしの心は楽しみ、舌は喜びたたえる。体も希望のうちに生きるであろう。 2:27あなたは、わたしの魂を陰府に捨てておかず、あなたの聖なる者を朽ち果てるままにしておかれない。 2:28あなたは、命に至る道をわたしに示し、御前にいるわたしを喜びで満たしてくださる。』 2:29兄弟たち、先祖ダビデについては、彼は死んで葬られ、その墓は今でもわたしたちのところにあると、はっきり言えます。 2:30ダビデは預言者だったので、彼から生まれる子孫の一人をその王座に着かせると、神がはっきり誓ってくださったことを知っていました。 2:31そして、キリストの復活について前もって知り、『彼は陰府に捨てておかれず、
その体は朽ち果てることがない』と語りました。 2:32神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。 2:33それで、イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。 2:34ダビデは天に昇りませんでしたが、彼自身こう言っています。『主は、わたしの主にお告げになった。「わたしの右の座に着け。 2:35わたしがあなたの敵をあなたの足台とするときまで。」』 2:36だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」

*22-24。イエス証言の陳述 22。「奇跡と不思議な業としるし」。これらの語は、一般的に<奇跡>といわれ、驚き、狼狽などを引き起こす現象である。イエスの奇跡行為は、彼が神から遣わされた認証である。23。イエスは神の計画によって、あなたがたユダヤ人に引き渡されたが、あなたがたは彼を殺害した。24。しかし神は、彼を「死の苦しみ」から解放させられたので、ルカによる福音書には、マルコ15:34の「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」がない。イエスが死と同時に「楽園にいる」(ルカ23:43)からである。
*25-36。イエス証言の論証。 25-28。詩編16:8-11からの引用はイエスの「死の苦しみ」からの解放、つまり彼の復活の論証となり、31bc詩編16:10からの引用も「キリストの復活」の論証となる。34cd詩編110:1からの引用は「神の右に上げられ」た高挙者キリストの論証となる。こうして、高挙のメシアは父から受けた約束の聖霊を注ぐ。これが多言奇跡・異言の説明である。36。ペトロ説教の結論。あなたたちユダヤ人はイエスを十字架につけて殺したが、神は彼を「主とし、またメシアとなさった」。イエスは誕生に際して「主メシア」(ルカ2:11)と呼ばれ、洗礼の時に神の「子」(ルカ3:22)と言われ、復活によって神の「子」(13:33)と証明され、高挙によって「主、メシア」と認証されたのである。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2011年度4〜9月 | 更新情報をチェックする
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