2011年10月30日

10月30日 新しい人として生きる

新しい人として生きる
創世記 3章1-15節

3:01主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」3:02女は蛇に答えた。「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。3:03でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」3:04蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。3:05それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」3:06女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。3:07二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした。3:08その日、風の吹くころ、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れると、3:09主なる神はアダムを呼ばれた。「どこにいるのか。」3:10彼は答えた。「あなたの足音が園の中に聞こえたので、恐ろしくなり、隠れております。わたしは裸ですから。」3:11神は言われた。「お前が裸であることを誰が告げたのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか。」3:12アダムは答えた。「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。」3:13主なる神は女に向かって言われた。「何ということをしたのか。」女は答えた。「蛇がだましたので、食べてしまいました。」3:14主なる神は、蛇に向かって言われた。「このようなことをしたお前はあらゆる家畜、あらゆる野の獣の中で呪われるものとなった。お前は、生涯這いまわり、塵を食らう。3:15お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に
わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕きお前は彼のかかとを砕く。」

*1-5中央の木の実をめぐる蛇と女のやりとり。思慮深く、小賢しい蛇との対話を通し、女は「園の中央の木の実」に魅入られていく。蛇は《死ぬことはない》という方面から語りかける。安心感を煽っておいて、ことの本質に向かう。6-7神への背反が起こる。《賢くなるように唆していた》これまでは何気なく見えたものが、今の彼女には爛々と輝くものとなった。8-13《とって……食べたのか》詰問の言葉ではなく、自己の行為の率直な告白を促す問いかけ。だがアダムは妻に責任を転嫁する。しかも《あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女》と語って、神にその原因の一端を帰す。神は女に問う。女は《蛇がだました》と答える。これも責任転嫁である。14-15「神の宣告」が、物語への登場順に下される。《呪い》は《賢い》との語呂合わせ。賢さ、小賢しさはそのあり方を間違えると「呪い」に至る。    (「旧約略解」より)
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2011年度10〜3月 | 更新情報をチェックする
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