2011年11月13日

11月13日 人間を生かすかて

人間を生かすかて
ヨハネによる福音書 6章22-35節

6:22その翌日、湖の向こう岸に残っていた群衆は、そこには小舟が一そうしかなかったこと、また、イエスは弟子たちと一緒に舟に乗り込まれず、弟子たちだけが出かけたことに気づいた。6:23ところが、ほかの小舟が数そうティベリアスから、主が感謝の祈りを唱えられた後に人々がパンを食べた場所へ近づいて来た。6:24群衆は、イエスも弟子たちもそこにいないと知ると、自分たちもそれらの小舟に乗り、イエスを捜し求めてカファルナウムに来た。6:25そして、湖の向こう岸でイエスを見つけると、「ラビ、いつ、ここにおいでになったのですか」と言った。6:26イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。6:27朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。これこそ、人の子があなたがたに与える食べ物である。父である神が、人の子を認証されたからである。」6:28そこで彼らが、「神の業を行うためには、何をしたらよいでしょうか」と言うと、6:29イエスは答えて言われた。「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業である。」6:30そこで、彼らは言った。「それでは、わたしたちが見てあなたを信じることができるように、どんなしるしを行ってくださいますか。どのようなことをしてくださいますか。6:31わたしたちの先祖は、荒れ野でマンナを食べました。『天からのパンを彼らに与えて食べさせた』と書いてあるとおりです。」6:32すると、イエスは言われた。「はっきり言っておく。モーセが天からのパンをあなたがたに与えたのではなく、わたしの父が天からのまことのパンをお与えになる。6:33神のパンは、天から降って来て、世に命を与えるものである。」6:34そこで、彼らが、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言うと、6:35イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。

*群衆は肉体の糧を求めているに過ぎないが、イエスが与えようとしているのは永遠の命に至る食物である。永遠の命を得るためには律法を守ることが常識であった群衆は、《神の業を行うためには、何をしたらよいでしょうか》と問う。*独り子なる神イエスを信じる以外に永遠の命を得る可能性はない。人間にできることは信じることのみである。群衆は信じるためにしるしを求める。*彼らは出エジプトのときの荒れ野の旅を想起し、彼らの先祖はマナやうずらの奇跡(出16:4-36)によって信じたと考え、同じことをイエスに要求する。イエスはモーセがマナを与えたのではなく神が与えたのだと言い、彼は第二のモーセではなく、命のパンそのものだと宣言する。     (「新約聖書略解」より)

posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2011年度10〜3月 | 更新情報をチェックする
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