2011年12月11日

12月11日 荒れ野の声

荒れ野の声
ヨハネによる福音書 1章19-28節

1:19さて、ヨハネの証しはこうである。エルサレムのユダヤ人たちが、祭司やレビ人たちをヨハネのもとへ遣わして、「あなたは、どなたですか」と質問させたとき、1:20彼は公言して隠さず、「わたしはメシアではない」と言い表した。1:21彼らがまた、「では何ですか。あなたはエリヤですか」と尋ねると、ヨハネは、「違う」と言った。更に、「あなたは、あの預言者なのですか」と尋ねると、「そうではない」と答えた。1:22そこで、彼らは言った。「それではいったい、だれなのです。わたしたちを遣わした人々に返事をしなければなりません。あなたは自分を何だと言うのですか。」1:23ヨハネは、預言者イザヤの言葉を用いて言った。「わたしは荒れ野で叫ぶ声である。『主の道をまっすぐにせよ』と。」1:24遣わされた人たちはファリサイ派に属していた。1:25彼らがヨハネに尋ねて、「あなたはメシアでも、エリヤでも、またあの預言者でもないのに、なぜ、洗礼を授けるのですか」と言うと、1:26ヨハネは答えた。「わたしは水で洗礼を授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。1:27その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない。」1:28これは、ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニアでの出来事であった。

*19-20「あなたはどなたですか」という問いは、本来はキリスト論的問いであり、イエスに対して向けられるべき問いであるが、第4福音書では、この問いがまずヨハネに向けられている。それは洗礼者ヨハネをメシアとする人々があったからだと想定され、ヨハネの口を通して否定させていると考えられる。それは最初の読者たちにとってはこの問いを正しくイエスに向けさせるために必要なことだったのだろう。22-23ヨハネがメシアでないことは自らの口で否定した。そこでユダヤ教当局者に回答するために遣わされた人たちはヨハネに自己規定を求めている。それは一世紀末のヨハネ福音者が書かれた状況において必要だったのである。ヨハネはイザヤ書40:3を用いて自分を「荒れ野の声」としている。               (「新約聖書注解」より)
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2011年度10〜3月 | 更新情報をチェックする
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