2012年01月22日

1月22日 宣教の開始

宣教の開始
ヨハネによる福音書 2章1-11節

2:01三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。2:02イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。2:03ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。2:04イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」2:05しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。2:06そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである。2:07イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。2:08イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。2:09世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、2:10言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」2:11イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。

*ヨハネによる福音書によればイエスの公的活動はこの「カナの婚礼におけるぶどう酒の奇跡」をもって開始する。*今日のところでは「三日目に」、「わたしの時」、「弟子たちはイエスを信じた」という言葉と、水がぶどう酒に変わる奇跡(「最初のしるし」)が示すことに注目したい。*11節の結論部分、「しるし」「栄光」「信仰」。しるしは、信仰の目をもって見る者に受肉者キリストの栄光を示しだす。信仰はその目をもって受肉者のしるしの中にその栄光を見つつ、信仰から信仰へと進む。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2011年度10〜3月 | 更新情報をチェックする
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