2012年04月22日

3月11日 救い主から離れず

救い主から離れず
ヨハネによる福音書 6章60-71節

6:60ところで、弟子たちの多くの者はこれを聞いて言った。「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか。」6:61イエスは、弟子たちがこのことについてつぶやいているのに気づいて言われた。「あなたがたはこのことにつまずくのか。6:62それでは、人の子がもといた所に上るのを見るならば……。6:63命を与えるのは“霊”である。肉は何の役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である。6:64しかし、あなたがたのうちには信じない者たちもいる。」イエスは最初から、信じない者たちがだれであるか、また、御自分を裏切る者がだれであるかを知っておられたのである。6:65そして、言われた。「こういうわけで、わたしはあなたがたに、『父からお許しがなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない』と言ったのだ。」6:66このために、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった。6:67そこで、イエスは十二人に、「あなたがたも離れて行きたいか」と言われた。6:68シモン・ペトロが答えた。「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。6:69あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」6:70すると、イエスは言われた。「あなたがた十二人は、わたしが選んだのではないか。ところが、その中の一人は悪魔だ。」6:71イスカリオテのシモンの子ユダのことを言われたのである。このユダは、十二人の一人でありながら、イエスを裏切ろうとしていた。

本日の聖書箇所はその前の部分を知らなければ何のことか分からないでしょう。この前の部分ではイェスは自分のことを「天から降って来た生きたパン」と言い、自分の肉を食べ、血を飲まなければ救われないと語っています。そしてモーセがイスラエルの民と荒野の放浪していたとき天から与えられた「マンナ」よりもこの「生きたパン」が良いと言っているのです。自分たちの祖先が神から与えられて命を繋ぎとめたものを悪く言われユダヤの人々は憤慨します。しかもそれより自分の肉と血が上だと言われたのです。イェスの弟子達の中にもこの騒ぎは広がっていきます。イェス本人を目の前にした状態でその肉や血といわれたら弟子達も理解出来なかったのでしょう。
今、私たちは聖餐に於いてパンとぶどう酒をイェスの肉と血として受けています。イエスの存在を自分の血や肉として受け容れることがイェスと離れないことなのではないでしょうか。
                                 (BY deacon I.N.)
posted by MATSU at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 2011年度10〜3月 | 更新情報をチェックする
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