2007年08月12日

8月12日 あかりを灯して

あかりを灯して
ルカ福音書12:35〜48

「待つ」ことは辛い。しかし、私たちキリスト者はその信仰の確信的な行為として「待つ」ことを運命付けられている。しかも、「善く待つ」ことへと召しだされている。
「善く待つ」とは、来るべき事態に備えて身支度と心積もりをし、環境をふさわしく整え、そしてそれらの準備が必ず神に喜ばれる奉仕となることを確信する希望の光をともし続けること。
信号の変わるのも、飲食店で食事が供されるその時間さえ待てないこの時代に、私たちは「善く待つ人」となる・であるように、と呼びかけられている。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007年度 4〜9月 | 更新情報をチェックする
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