2007年09月09日

9月9日 わたしがわたしであるために

わたしがわたしであるために
ルカ福音書14:25〜35

「肉親も、自分の命さえも憎んで、自らの十字架を背負ってついてくるものでなければ私の弟子では有り得ない。」とイエスは言う。全てを捨て、そしてそれら愛すべきものを捨てた、という十字架を背負って、それでもイエスについてくる者だけがイエスの弟子となる、とういことか。*「塩が塩気を保つ」ように、神の前で「私がわたし」であるために、私たちは愛する者・ものと自分とを峻別しただ独り十字架の下に立たされる。その厳しい招きへの備えはあるか、問われる。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007年度 4〜9月 | 更新情報をチェックする
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