2008年05月18日

5月18日 どんなときも 共に

どんなときも 共に
ヨハネによる福音書 14章8-17節

フィリポはイエスに「神を見せてくれ!」と駄々っ子のような無理難題をふっかける。だがイエスは「もう見ているよ」と応じる。フィリポはきっと目をぱちくりさせたに違いない。*御子が「父」である神の内にあり、同時に神がその御子の内におられる、その親密さと同じ温もりに今既に私たちも包まれている。御子と深くご自身の存在を分かち合う神から「真理の霊」が私たちを覆い守るために遣わされ、私たちの内に共に、今も、これからも留まるのだから。*人の知識の地平を軽々と超える神が、私たちのこの肉体と精神と、そして魂の内に臨まれる。いつも、どんなときも。
posted by MATSU at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年度 4〜9月 | 更新情報をチェックする
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